笹屋敷での支援物資お届け会に250名以上

若林区の笹屋敷地域での支援物資お届け会は8日に無事終了、250名を越える方がおいでになりました。~報告おそくてすみませんm(__)m。
午後1時開始予定ですが、早い人は正午には並び始めたのいつもと同じ。準備で並べている支援物資を遠目にみながら「あの服、あんたに似合うんでないの?」「タオルケットのコーナーは集会所の中だな。ダッシュしないと」など品さだめがはじまります。列が伸び始めると「久しぶり~!」「○○ちゃんでね~の!?、あんたどこさ避難してんの?」などと被災者同士の交流もはじまります。とっても楽しそう。こういう場は、物を提供するにとどまらず、情報の交流、心の交流も提供する場になっていることをつくづく感じさせられます。
午後1時、「お待たせしました。これより開始しま~す」との山形県・横山書記長さんの掛け声でいよいよ開始、7~80メートルほど伸びていた列がいっせいに動き出しました。われ先にと欲しい物のコーナーにむかいます。神社の境内に設けられた集会所内とその前庭に物資をならべたのですが、足の踏み場もないくらいごった返しています。前回の反省からおコメや野菜のセットは沢山用意しておきましたが、アッと言う間になくなっていきました。
主催者側のほうは、山形と埼玉から来たボランティアの方40名ほどが中心~前日までは被災家屋の片づけや泥出しに奮闘してくださった方々です。疲れていたのでしょうが、「新品はこっちですよ」「このサイズだったらいいんじゃない?」など被災者に明るく声をかけて下さっていました。山形農民連の方は、自家製甘酒500人分を温めるプロパンとコンロごと持ちこんでくださいました。それも全て無くなりました。ボランティアの皆さんも、本当にご苦労さまでした。
いま仙台市では津波で家が流された被災者の集団移転について、態度決定を4月中にだすように沿岸部の被災者に迫っていて、困惑と不満、不安がひろがっています。また、笹屋敷のような浸水地域でありながら強制退去の指定をうけていない地域の方々への行政上の支援も、とても十分なものとはいえません。それは住宅の問題だけではなく生業も同じ。ここ笹屋敷の町内会長さんも「今年から田畑を再開したいとがんばっているが、畑は除塩では十分ではなく、深さ1メートルほど土を捨てて秋保から山土を買ってきて入れた。全部自費だ」とおっしゃっていました。
そんな地域はたくさん残されています。生存を確保する支援は一段落でも、復興にむけての支援はこれからが本番~だからこそ「お届け会」にはこんなに人が集まります。まだまだやるべきことは沢山あります。我われ現地もがんばります。全国のみなさん、これからもよろしくお願いします。
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仙台市泉区・宮城野区・若林区を主な活動域にする、地区委員会のブログです。
タイトル写真は2012年若林区荒浜からの初日の出です。

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