五島たいらさん、逝く

今日は今月11日に亡くなった五島平県党書記長の葬儀の日でした。現職のまま逝かれた彼ですが、県に行く前は、仙台東地区の地区委員長として、また宮城2区での衆議院候補や、仙台市泉区県議候補として奮闘されました。
 県書記長となった後も、東日本大震災の県の支援担当者として、全県の被災者支援の先頭に立ってきました。
 仙台東地区委員会としても、地区委員長・佐藤が本日の葬儀で読ませていただいた弔辞を掲載し、哀悼の言葉といたします。


五島平さんへの弔辞
五島さん
あなたと本格的にご一緒したのは、共産党の仙台にあった3つの地区委員会を、二つの地区委員会に再編した、2000年の年からでした。
 あなたはその時生まれた仙台東地区委員会の初代地区委員長になり、以来14年間、私はあなたの背を追うように、一緒に仕事をすすめてきました。
 
その間、郵政解散による小泉内閣の巨大与党の出現があり、自民党政治の崩壊による民主党政権の誕生ありと、政治の激動期をともに過ごしてきました。忘れもしない、311東日本大震災もありました。
 
その間、あなたは、政党の組織人としての役目も果たしながら、補欠選挙もふくめ3度の衆議院選挙と、2度の県議選を候補者としてたたかうこともしました。
 
とても素直な、それでいて深い考えを持ち、何よりその視野の広さに、多くがなるほどと安心感を持ってあなたの話に耳をかたむけました。
高森の住宅地の突然の陥没の調査、大震災の支援物資のお届け、地滑り箇所の各家庭への聞き取り、放射能の測定~すぐにでも現地に飛んでいく、その軽々としたフットワークも特徴でした。
 あなたが歩いた後には、人の輪ができました。
 
寺岡のショッピングモールの駐車場建設を危惧する運動の中で知り合った方々が「五島さんを応援する会」をつくって下さいました。公園や学校近くなど街かどでの放射能の測定をくりかえす中で知り合ったお母さん方など中心に「パークタウン 放射能汚染と向き合う会」ができました。高森の陥没事故では、大手の会社の出身者の方など、これまで共産党とは一線を画していた方々も含めて大きな運動になり、松森・陣が原などでは地滑り被害の住民の会もできて、それぞれ腰の重かった行政を、救援・救済に動かしました。いつも様々な運動を取り組む人のそばに、あなたが寄り添っていました。
 
それら、あなたの人柄も間違いなく大きな力だったと思います。あなたが選挙をたたかうたびに、あなたの得票率は伸びていきました。
1996年衆議院選挙 5.1
2003年衆議院選挙 5.2
2005年衆議院補欠選挙 5.6
・ 同年 衆議院本選挙 7.3
2007年泉区県議会議員選挙9.9
 
そして2011年泉区県議選では四捨五入10.0%となり、河北新報の最終盤予測で「当選圏争いは、ともに3選を狙う民主、自民の2現職と共産新人が競り合ったまま最終盤に入る」と書かれさえしました。惜しくも当選にはいたりませんでしたが、あなたが先頭にたって切り開いてくださった到達は、私たちへの励ましと次につながる希望として、今も生きています。
 
かと言って、あなたは、“必死”とか“鬼気迫る”などの言葉は似あわない方でしたね。どんな大変なことも、表にださず、周りに負担感も与えず、愉快に、軽々とこなしていく方でした。
遊び上手は仕事上手”という言葉がありますが、「泉ヶ岳にこの前登ったら、もう中腹までは紅葉が降りててサ・・・」「その本、なかなか深いよね」「その映画よかったよ」など、隙間なく忙しくしているはずなのに、いつ行ったんだろう、いつ読んだんだろう、いつ観たんだろう ということがいっぱいありました。ですから、最近もご自宅のウッドデッキを手作りで完成させたと聞いたときは、「また、やられた!」と思ったものです。
 
そんなあなたですから、本来自慢話などなさる方ではありませんが、もしかしたら「『赤旗 山と自然を歩く会』は鶴ヶ谷の小原さんたちといっしょに俺も参加して立ち上げたられたんだ。みんな楽しんでくれよ」くらいはおっしゃるかもしれませんね。祭壇に飾られた写真は、あなたの写真は、ほんとうにあなたにふさわしいと、こころから思います。
 
きのう、五島さんをいたみつつ、「また一人、私たちのために犠牲者をつくってしまった」とおっしゃっている方がいました。しかし私は、それは違うと思います。
 
あなたは、大変なことを乗り切ることも、頑張ることも、もちろん楽しむことも、丸ごと受け止めて自分の人生として、愉快さに変えていける方でした。ご家族はもちろん、目的を同じにともに歩む人々を心から慈しめる方でした。ですから、最後まで前を向いて「一緒にやろうぜ」と言って下さっている。それが五島平さんだと、私には強い確信があります。
 私の手帳には、11月下旬、たぶん最後の入院のほんの少し前でしょう、あなたが「12月の県党会議の後なら、まとまった時間がとれるかもしれない」と言ったことによる打ち合わせの予定が書きこまれています。
 その機会は失われましたが、あなたがまだまだ社会進歩のために前にすすむ志をもっていたことの証として、いまだ消さずにいます。
 いま、新しい時代の展望が開けはじめています。あなたがその準備に奔走し、見ることができなかった時代を、私たちみんなで見るために、力あわせてまい進したいと思います。それがあなたの志に報いる道だと思います。見守ってください。
 そして、なにより、安らかにお休みください。
20131216
             
日本共産党仙台東地区委員会 委員長  佐藤克之 


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