津波伝承~浪分神社

 早速、「お届け会のブログ見ました。支援物資送ります」との連絡がボランティアセンターに入りはじめ長田所長も大張り切りです。全国の皆さん、本当にありがとうございます。
 長田ばかりでなく青年支部の面々も積極的に関わろうと、笹屋敷の周辺の別の集落へのお届け会告知ビラの全戸配布をかって出てくれました。 いろんな輪が広がるのは本当に嬉しいことです。
 それと当ブログへの反応がこれまであまりなかったので多少いじけてた感もあったのですが、見てくれていたことが分かったのも嬉しいことでした。
 そこで仙台外からボランティアなどでお見えになる方に向け、一言うん蓄というか、「浪分神社」というエピソードをご紹介。
 この神社は津波に襲われた海岸線から5.5kmほどの若林区の霞目(かすみのめ)という住宅地に実在します。この地には869年の貞観大津波はじめいくつかの津波の記憶が口伝されており、慶長16年(1611年)の大津波のときに浪が二つに分かれて奇跡的に助かった地に、近くにあった稲荷神社を移して「浪分」神社としてまつったとの記録があります。国道4号線バイパスからほど近いところなので、深沼など被災地に足を運ばれた方も「えっ、こんなところまで津波が来た!?」と驚かれることでしょう。機会があったら是非一度訪ねてみて下さい。(すぐ近くには仙台市出身の江戸時代の大横綱・谷風の墓所もあります)
 それと、一度、自分の住むところの「伝承」を探ってみてはいかがでしょうか!?浪分神社の話は震災後に有名になって多くの方がネット上に情報をアップしていますが、震災前に教訓としていかされていたらと思うととても残念です。
 実際、今回の津波エリアが担当地域の党七郷支部のF支部長は母親から過去の津波について、浪分神社周辺の集落は助かったが今の4号線バイパスを越えた辺りに水死した牛や馬などの家畜が沢山倒れていたとの伝承話を聞かされたことがあるとのこと。いい意味でも悪い意味でも将来に伝えたいことが石碑などに残されたり、綿々と語り継がれてきたりする~その大切さをあらためて教えられたなと、思っています。
 さて、実は仙台のもっと内陸にもう一件津波伝承があるのですが、その紹介は次回のお楽しみに~キーワードは「タコ」です。
byヒゲ達磨



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仙台市泉区・宮城野区・若林区を主な活動域にする、地区委員会のブログです。
タイトル写真は2012年若林区荒浜からの初日の出です。

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